ねえ、君が思っていることを全部僕の手の内にいれて
何もかも好きなように操ってしまいたいよ、本当。







緑色のフェンス越しから、彼を見る。

隣のコートで一生懸命に、飛んだり跳ねたり(文字通り)
頑張ってるときの彼は、いつもどこか違うところを見ている。
ここじゃない、どこか。
ボールでも、コートでも、勿論僕でも無いどこか。
だけどそんな視線の先はあっさり変わるし、一生懸命な時間は長くない
ほんの少しだけ違う君を知っている、優越感。

ボールを掴んで、投げて、打って
跳ね返ってきたボールをまた打って、走って
「テニスってそー考えるとすげえ単調だよね。そこが好き。」
ひたすら、ただひたすらボールを、相手を、自分を追いかける事。
あーテニス楽しいな〜、と、英二はよく言っている。



「帰り、ファミレス寄ってこー。」
色んな人に声を掛けるも、結局テスト前ということと、時間が遅かった事で
強制参加の僕だけが、彼が美味しそうにパフェを食べる姿を見ることが出来る。
「チョコっておいしいよね〜。パフェってさいこーだよね〜。」
「そーだねえ。じゃあ一口ちょうだい。」
「やだ。じゃー不二のそれもくれるならいいよ。」
「…タバスコすーーーっごい、かけちゃったけど、いい?」
半分程減った瓶を目の前で振ると、食べてもいないのに口の中に辛味を感じたのか
生クリームを凄い勢いで口にいれて、モゴモゴしている。
「…おいしいよ。食べてみなよ。英二タラコスパ好きでしょ?」
「それ、もうタラコスパじゃないじゃん…不二スパ。むしろタバスコスパゲティ…。」
げんなりしながら、差し出す皿を押し返して。
「甘いものの方がおいしいって。なんか緩むよね。口の中幸せ。」
僕の位置の方が、君の口の中より確実に幸せだと思う。

「あー、もう真っ暗。」

冬の陽が落ちるのは早くて、尚且つ冷たい風に一瞬外に出ることをためらった。
「ねー、不二、寒いよー。」
「僕に言ったってあったかくなるわけじゃないんだから…。」
「てぶくろ…てぶくろ片方…。」
本当に何の気も無いのかは知らないけど、そうやって何かと英二は手を握る。
その度に一人でいらない期待をしている僕は、バカだ。
その手が、手じゃないところに、触れればいいのに。
寒いよーって言ったそのノリで、抱きしめてくれればいいのに。
妄想もここまでくると、欲求不満の様なので、僕は大バカなんだと思う。
「…はいはい、じゃあ手、繋げばいいでしょ。」
「うん、それでいいよ。不二の手あったかいし。」
あまつさえその握り方にさえいちいち反応してしまう自分が、嫌。
思春期の女の子じゃないにせよ、思春期の男の子だから、仕様がないのかなあとも思うけれど。

「不二、すきー。」
乾いた空気を吸って、吐くことが出来なかった。
「あったかいから、だいすきー。」
目を見開いて、それから閉じて、ああそうかと、一人で納得して

彼は何も考えちゃいないんです。
テニスに、甘いもの、それから暖かい場所。
それは日常という枠の中で、そこには僕もいて
でもそこにいる限りは、好きなんて言葉を越えた
どうにも出来ない感情を二人して持て余すような関係には、なれない。
指先が触れただけで、思わず口をつぐんでしまうような、二人には。

そう思うと、なんだかもうどうでもよくなって
そして、僕自身がこの枠の中から抜け出さなきゃ、と
「英二。」
少しだけ背伸びをして、からからに乾いた唇へキスをした。
してしまった。
暗いし、寒いし、思考が鈍ってたり、感覚があんまり無かったり
そんな事が僕を手助けして、
「…」
恋って心と身体が比例するものなんだーと、他人事のように感じる。
好きという気持ちからここまで至るのが長かったからかもしれないけど
たかが唇を合わせるだけの行為でも、ねえ、相手が君だから
今僕は凄く満たされてて、そして、
どうにも出来ない感情を、一人で持て余してる。
「・・・今、キスした?」
「…うん、した。」
そんなこと、どうってことないよ、という顔をして、僕は歩く。
その実、繋いだ手を、いつ離されるかと、凄く怯えながら。
(やっちゃった・・)
意味もなくぶるりと震えて、そして何故か凄く寂しくなって、英二の手を少しだけ強く握った。
けど英二も前だけを見据えて、今あったことを無かったことにしようとしてる。
それでいいんだ、だって、おかしなことでしょう
君といるだけで息が詰まりそうな僕も
君がいないと身が引き裂かれそうな僕も
それでも、今、繋いだこの手だけが確かなもの。
同じように前を見据えて、冷たい空気を、泣かないように喉に詰めて。

「…じゃ、また、ね。」
何の不自然さも無く、手が離れて、身体が離れて、英二が言った。
「うん、…また明日。」
見えないように、唇を引き結んで、それ以外何も言えないようにした。
何かを口にしたら、止められそうにない。
言葉だけじゃなくて、きっと余計なものがぼろぼろ出て来てしまう。
理性でも、本能でも、誰にも何にも、止められない、僕の気持ちが。

息を吐くそこに、彼の唇が本当に触れたかも、もうよくわからない。










ねえ、君が思っていることを全部僕の手の内にいれて
何もかも好きなように操ってしまいたいよ、本当。
そして、その目をこちらに向けさせて
緑色のフェンスより強いもので、僕以外の全てと、引き離してしまいたい。





…Fin…