祈りが届かなくても



窓の外でチラつく雪が嫌でも寒さを思い出させる。
白く濁る息を吐きながら、目を瞑ろうにも眠ることは出来ない。
考えては考えては、頭の中に留まっていること
闇と共に振り払うように、ククールはマントを羽織って宿の外にでた。

自分の髪と同じ色の月がチェシャ猫のように嘲笑っている。
思ったよりも肌を刺す空気が乾いた喉に冷たくて、息を呑む。
忘れてきた手袋が恋しくて指先をすりあわせて、気付く
月光にキラリと光る、聖堂騎士団の、指輪。

今もあの傷ついた兄の手にこれは在るのだろうか。

魔のエネルギーで内から穢れた兄の、ただひとつの聖なる証。
邪悪なる杖を手にしたその時から、
いや、もっと前から、マルチェロは富に、権力にとりつかれていたと言っていいかもしれない。
聖職者としての高みを目指す為なら、どんな汚い事もやってみせた奴だ。
暗黒神に取り憑かれるスキなど、いくらでもあったのではないか。
それも、奴の魔力が強大だっただけではないだろう。
憑かれるには憑かれるなりの器が必要で、
富や権力を求める余り、同じように穢れたものの上に成り立つものを引き寄せてしまった。
その結果が、あのザマ、だ。

城から続く川のせせらぎを聞きながら、ククールは立ち止まった。
川面に映る月は相変わらず青白く辺りを照らす。
覗き込むとこちらを見返す銀糸の少年。
兄譲りでない全てのものがそこにはあった。
銀の髪、澄んだ青の眼
そんな些細な違いに振り回されて、昔は随分イヤな思いをしたものだった。
何故、兄と自分は違うのか。
黒い髪が欲しい、緑の眼が欲しい、
幼い自分の愚言を、今では恥じるほどだ。
そんなもの、どう足掻いても手に入らないというのに。
そして例えそれを手に入れても、兄に近づけるわけでも、
兄に好いてもらえるわけでもないというのに。

いよいよこの世の諸悪の根源に戦いを挑むその時が迫っているのに
それでも、よろめきながら消えていった兄の背中が目に焼きついて離れない。
生きて、いるのだろうか。
かなりの深手を負いながらも独りで歩き去っていった彼は、
今どこかの空の下で同じ月を見ているのだろうか、
そんな感傷にももうウンザリだ。
握り締めた白い手に銀の輪が食い込んで
いっそ抜けなくなればいいのにとククールは思った。

祈りなど届かなくてもいい。
ただ無事でいてくれればなどと、一途に思うことももう出来ないだろう。
月の光よりも儚い想いならば、繋がる銀の輪に想いを託すことも無い。
いっそ闇のように濃く己が身を包んでくれたらと、本気で願えたらいいのに
断ち切ることも、求めることも出来ずに。
祈りが届いても、届かなくても
この先の何かに期待なんかしてはいないんだ。