炎は皮膚を浸食し、やがてじわじわと、内部にまで残る傷跡をつくる。


人の想いも、なんだかそれに似ている、と思う。


想いは叫びそうになる位熱くて、痛くて、なかなか消えない。


あの日、君の想いが、痛くて仕方無かった…。







火傷






















移動授業の度、英二は僕にまとわりついてくる。
自分のノートとか教科書とか、他の友人に押しつけて、凄く身軽。

「…はぁ〜次理科か〜…ダル〜」

「…英二重い。ちゃんと歩いてよ」

「だってさー、歩くのも面倒くさいんだもん」

都合のいい口実、作っては僕に後ろから抱きついてくる。
彼の歩幅が短く歩くのが遅いのは、移動時間のたったの五分の間少しでも僕と一緒にいたいから。
分かりやすい彼の態度。只、気分屋な彼らしく全く寄りつかない時もある。
そんな時、誰かが彼の事を、猫みたいだと言っていたのがよく分かる。

「‥ほら、着いたよ。席ついて…」
無理矢理その体を引きはがして真向かいの席に座らせる。
「英二、今日実験だよ。僕三脚もってくるからガスバーナーと三脚、お願いね」
「はいはい」

教卓まで三脚をとりにいくと、背後から視線を感じた。

また、か…。

後ろを振り返る。いつものように。
素早く目線を逸らされたのが、分かった。
最近ではもう、あまり気にしない事にした。面倒くさいから。
好かれて嬉しくない訳でもない。…只、相手は同性、だ。

それに僕自身、中学三年にもなって未だに恋愛感情というものの不確かさを
よくつかめずに、いる。

(英二には分かるんだ…)

小さな箱の中でマッチ棒がカラカラと音をたてる。

席に着いて少ししてから、英二は実験器具を抱えて僕を見ながら、椅子に座った。
骨ばった大きい手(少なくとも自分よりは)が
堅いガス栓を易々と開け、勢い良く擦られたマッチの先に火が燃える。
ガスバーナーの赤い火を、青く染めてゆく。

「…きれい‥」 

不意に口走った言葉を彼は酷く気に入ったらしい。「不二らしいね、そーゆーの」
と、嬉しそうに笑った。

僕らしいってなんだろう?



考えているうちに英二はもう実験を始めていた。
三脚の上に乗せられた小皿の薬品が、少しずつ蒸発していく。
それをぼんやり眺める僕とぼんやり眺める僕を見つめる、英二。

硫黄の匂いが鼻先をかすめて、僕が嫌な顔をしてる時も英二は笑ってる。
好きな人見てると幸せな気持ちになれるとか、そういう感覚なの?
でも、僕にはどうも英二の笑顔が似非である気がしてならない。英二はよく、
笑って色んな事ごまかしてる、笑って壁を、作ってるから。

(人の事、言えないんだけどねー…)

「おーい、お前等見つめあってないで早く火ィ止めろよ〜」
丸めた紙で頭をぱしぱし叩かれて、慌てて熱くなった小皿を下ろす。
耳を指先でつまんでいると、英二はまだぼんやりガスの火を見てた。
「…英二、ガス止めて」
「…やだ…‥」
英二はある意味病的な位うっとりした目で火を見ている。恍惚とした、とでも言えばいいのだろうか。

「‥授業終わっちゃうよ」
「だってさ、見てたいんだもん」
薄くゆらゆら、揺れる火を通して目と目が、合う。

「不二を…」

周りが慌ただしく器具を片付ける中、
僕達二人は妙な空間の中で静止していた。

「は…?」

「あのさ、どうして俺が不二を見てたいか、分かる?」
英二は、いつも、唐突、だ…。
僕が何も言わず黙っていると英二はまた喋りだす。
「分かんない?じゃあさ、なんで俺が火、消したくないか分かる?」

僕は、何も言わない、言えない。目線が空を、漂う

「それはね、火を見てる不二が見たかったから、だよ」 
なんだかあっけなくて少し戸惑う。僕はまた黙り込む。英二はまた喋りだす。
「じゃあさ、さっきと同じ、なんで俺が不二を見てたいか、分かる?」

会話も気持ちも一方通行の、まま。溢れ出す前に僕は首をゆっくり、横に振った。
「あのね〜、それは勿論、不二が好きだから、だよ」
指先を火に触れる位近くまで伸ばして英二は笑った。



「…ふーん…、ありがちだね。本気かどうかもよく分かんないし」
意識もふわふわその辺を漂ってるみたく、自分でも何を言ってるかよく、分からなかった。
目の端にチラチラ見える青が、心地良い。

「俺、本気だよ〜?」
へらへら笑う彼には真剣味のカケラすら感じられなくて、僕は現実に戻ってがっくり肩を落とした。
「あんまり信じられないけど…」
未だあぶられ続けていた三脚は赤くなって、僕は下の方を持ってそれをガスバーナーからずらした。

「不二…俺、本気だよ」

「はいはい、分かってるって」

他の班がほぼ片付け終わっている事に気付いて、僕は散らばっているマッチやら小皿を集めて持っていこうとする。



「…不二」



僕を引き留めた手のひらが思いの他、熱くて。

振り返ると、英二はガスバーナーの、30センチ位上に右手をかざしたまま、僕の目を見てた。
怖いくらい、真剣な顔をして。

「何…してんの?」

英二はその手を、少しずつ火に近づけてく。

「ねぇ…何‥、やめなよ英二…」

英二が目を伏せると、意外に長い睫が頬に影を落として、でもそんな事がどうでもいい位、僕は
冷静を装って凄くドキドキ、していた。唾を飲む音さえとてもクリアに聞こえた。

「不二、俺‥本気だよ」

手のひらがぴったりガスの噴出口を覆った。

英二は声もあげずに黙って僕を見てる。
英二の代わりに僕が、声をあげた。

しばらく何がなんだか分からなくなって、英二はそんな僕をみて、
少しだけ悲しそうに笑った。
「え…英二!早く手…離して…!」

僕が言い終わる前に近くにいた先生が素早くガスの栓を止めていた。

「何やってんだお前は…早く保健室行ってこい!」
「…うん」

英二はとことこ理科室の出口まで歩いていくと、くるっと振り返って左手で僕を捕らえた。

「行こ、不二」
言われるがまま、英二の後をついていった。



何も言えない保健室までの長い廊下。誰もいない。
英二は黙ったまま。ゆるやかに流れる水に手を浸してる。

「…俺さ、不二」

英二は蛇口をひねって水を止めた。

「これ位、不二の事好きだよ」

水がぽとぽと床に落ちた。英二は手を広げて僕に見せた。

「…馬鹿じゃないの…?」

大丈夫とか、ごめんねとか(僕が謝る筋合いは無いと思うけど)そんな言葉を
言える気には到底なれなくて。

なんとなく悲しくて、英二に、優しく出来なかった。
きっとそうするべきだったのに。

「痛いくせに…痛いくせに、強がっちゃって、何、ニコニコしてんの‥?」

自分で言ってて酷い奴だなって思う程。

傷跡が痛々しくて、辛いのは英二のはずなのに僕もなんだか辛かった。



「…痛いよ…」

「…え?」

理科室を出た時と同じ様に英二はとことこ歩いて、僕との間を、1ミリ以下にした。

体温を、直に感じる距離に。

「痛い…痛いよ…いたいよ不二…」

僕は呆然として、動けなくて、英二は僕に抱きついて声を震わせて、泣いた。

「手ェ…痛い…不二…っ」



ドキドキが英二に聞こえたらどうしようと、思った。
体と体が接してる部分が凄く、熱かった。

英二の声が僕の中で何重にもなって、響いた…。































英二の声が 熱が 気持ちが 重さが

痛くて仕方無かった いつまでも僕の中で



火傷みたく、うずいて、た。




…Fin…